黒鯛が釣れて楽しい会話付き牛肉三昧

時間が空くと、近所の海岸に時々釣りに行きます。とはいえ、小魚ばかりの釣行です。

その釣り場で黒鯛が釣れるという話は時々聞いていたのですが、普通の海水浴場のそばです。

10m先で子供たちが波と戯れていますし、バーべキューをやっている若者たちもいます。釣れた事があるという話が、釣れるという話に大きくなっていったのだと思いました。

その釣り場で、黒鯛を何匹も釣ったことがあるという人と仲良くなりました。この人の話が楽しくて、これはこれで良い時間だったのですが、数時間後に奇跡が起こります。

釣法を教えてもらい、餌までいただいて釣り始めました。

その人は遠方から来ているようで、陽が落ちると帰っていきました。その人が帰った後に、竿がグイン!としなりました、黒鯛です。

悪戦苦闘しながら釣り上げた黒鯛は60センチ、なかなかのサイズです。その奮闘ぶりをバーベキューをやっていた若者たちが見ていて拍手喝采です。

誰しもがこんな場所で黒鯛が釣れるとは思わなかったのでしょう。正直、ちょっと有頂天になりました。

若者の一人が「これを刺身で食ったら旨いだろうな」と言ったので、私も自宅に戻り料理するより、ここで若者たちと食べた方が良いかなと思ったので、包丁があれば捌くけどというと、またまた拍手喝采です。

見よう見まねで黒鯛を捌くと、女の子たちが盛り上がってくれます。ちょっとした英雄気分を味わいました。上手くは捌けなかったけれど、とりあえず刺身の完成です。

釣れるなんてありえないと思っていた黒鯛を釣り上げ、知らない若者たちと一緒のバーベキュー。肉と黒鯛の交換みたいなもどです。

オプションにビールと若者たちの楽しい会話が付いてきました。久しぶりのバーベキューで、若い女の子たちとのたわいのない会話が滅茶苦茶楽しかったです。

一人寂しく釣りをしていた5時間前とは大違いです。帰宅してテレビをつけたら連敗していた御贔屓のプロ野球チームが大勝していました。

こんな幸運が続けてくる日があるのですね。ちょっと、忘れられない楽しい日になりました。

 

トラベラーズチェックの換金の話

私は20年くらい前に結婚して、GWに地中海へ新婚旅行に行きました。

日本を出る前に、30万円くらいをトラベラーズチェックにして、旅行に出かけました。

そこには10日間くらいしか滞在しなかったのですが、30万円は全て使ってしまっているものと考えていました。

それから半年くらい経った頃のことなのですが、たまたま引き出しの中から余っているトラベラーズチェックが出て来ました。

13万円くらいありました。これは換金するしかないと思い、すぐに銀行に持って行きました。

そして窓口で相談をすると、これは換金できないと言われました。

その理由は、トラベラーズチェックの下段に書いてある筆跡が本人のものではなかったからです。

名前は自分の名前でしたが、よくよく考えて見ると、私の名前を妻が全て書いていたのでした。それは筆跡が違うなと諦めることにしました。

そして銀行員の友人にすぐ電話をしました。すると彼はアドバイスをくれました。「その筆跡を練習すれば良い。」と。

確かにその手があったなと思い直して、私は妻の筆跡を一生懸命に練習しました。

そして満を辞して再度、銀行にトラベラーズチェックを持って行きました。念のためにと思って、住民票も区役所からとって来ていました。

そして銀行の窓口に行って相談をしたのです。しかしそれでもダメだと言うことでした。どうしても筆跡が違うと言い張るのです。

これはどうしようもないなと、やはり諦めることにしました。そして13万円が引き出しの中から出て来たことを妻に言いました。

いかにもついさっき見つけたんだよ、という雰囲気を醸し出しながら言いました。

すると彼女は翌日に銀行に持っていくと言いました。何かあったらいけないから住民票も持って行った方が良いよと、自分らしくない親切なアドバイスまでしてしまいました。

そして彼女は銀行に行ってから、家電量販店に行ったのだと思います。私がその夜に残業をして帰って見ると、新調された食器洗浄器が台所に置いてありました。

 

新しい土地でや皆さんのやさしさに触れたこと

この3月家庭の事情で退職しました。

高齢者の年齢を引き上げ、75歳までは働くような時代ですが事情があったんです。

私はケガで身体が不自由になった親の世話をするため、再就職も考えて住み慣れた土地を離れ、実家のある山奥の町に戻って来ました。

元々住んでいた地とはいえ、30年以上も離れてしまうと別の世界になってしまいます。

初めはどうなることかと不安でいっぱいでしたが、最終的にはどうにかなるさという気持ちになっていました。

戻った次の日、9軒ある班内でお葬式が出ました。班内のお葬式は、班で主催することが慣例です。

戻って早々、早速私が役員としてでることになりました。全く初めて会う皆さんでした。

葬式の場でもあり、最初は胡散臭げな視線を感じましたが、父の名を告げ状況を伝えると納得して頂けました。

状況がわかると、「ご苦労様」などと一声かけてくださる方が増え、大変嬉しく感じました。(*^_^*)

前の土地では仏式の葬儀にしか参列したことがなかったので、神式による通夜と告別式(班役員として二日間出席)は異文化に触れた感じがしました。

葬儀の流れも仏式と異なり、香典も通夜にはお寂し見舞い、告別式にはご仏前と分けてお供えします。

受付を担当しましたが、お返しの品も通夜と告別式では異なりました。

前の土地では全く経験することがなく戸惑いましたが、皆さんがフォローしてくださいました。(*^-^*)

葬儀も仏式より長く丁寧で、日本古来からの格調も高くて感心しました。終わって班役員の皆さんと食事をしながらお話ししました。

すると、両親の話もさることながら、30数年前来の話も出され、地域の人と人とのつながりが、私の頭の中に蘇ってきました。

住む人同様に地域の様子も全く違っていますが、話の中から昔の様子やその後どのように変わって来たかがわかり、急に集まっている皆さんと親近感を感じることができました。

私より20歳近く上の人から、10歳以上年下の人まで、高齢者は多いものの年齢層が広い皆さんと、同じ土地に生きていたという実感が湧き、この土地でならやっていけそうという勇気と喜びをいただきました。(*^-^*)